新世言

 新世 3月号

法の基底にある倫理

                    倫理研究所理事長 丸山敏秋

 北海道東部の網走といえば、刑務所を思い浮かべる人が多いだろう。日本
最北端の刑務所(監獄)がこの地に敷設されたのは明治二十三(1890)年
である。千名を超える最初期の受刑者は、札幌方面と結ぶ中央道路建設の
重労働を強いられ、大勢の命が失われた。屯田兵(とんでんへい)が入る前
の北海道開拓史の秘話である。
 オホーツクからの冬の風は身を凍らせる。その過酷な自然条件と凶悪犯が
多いというイメージから、映画「網走番外地」シリーズの舞台となって、この
刑務所は全国に名が知られるようになった。昭和五十九(1984)年には鉄
筋コンクリートの立派な施設が建設された。木造の旧施設は移築され、「博
物館」 網走監獄」として観光客を集めている。
 この博物館の施設を借用して、ある映像作品の撮影が、昨年の十一月末
に行なわれた。本誌の発行元である社団法人倫理研究所の創立者・ 丸山
敏雄(1892〜1951)が生まれてから、今年は120年目となる。その記念事
業として、丸山敏雄の生涯の中でも苦悩の時期を、再現シーンも交えて精細
に描く映像の製作が進行しているのだ。
 丸山敏雄は戦時中に「不敬罪」という理不尽な罪状で検挙され、一年有余も
未決拘留(こうりゅう)された。取調べの際には容赦のない拷問を受けた。仮
釈放されてからは六年半もの長い裁判に臨んだ。そのような苦境を経たから
こそ「純粋倫理」という生活法則が発見されたのだが、それはあまりにも苛酷
な道のりであった。
 博物館 網走監獄での撮影現場に、筆者も監修者として足を運んだ。流氷
ウォッチングでも知られる網走には、初めての訪問である。博物館の鈴木雅
宣理事長やスタッフのご協力を得て、第一回目の撮影は順調に進んだ。
 さらに加えて、事前に申請しておいた実際の網走刑務所の見学も許可され
た。そこには千名以上の受刑者が収容されている。刑期十年未満で、年齢が
二十六歳以上の、犯罪傾向の進んでいる者だという。七十七パーセントが東
京管内からの受刑者で、平均年齢は四十四・七歳、覚醒剤の常習者が半数
近くを占める。ちなみに日本の矯正施設は刑務所だけで六十二もあり、五万
六千名を超える受刑者が収容されている(平成二十二年度・法務年鑑)。  




















 

 


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