新世言   12月号 つづき

 みずからの内面を探

 
先祖を供養したり送迎する年中行事は、「たましい」の存在を抜きにし
ては成り立たない。近年の生命科学はDNAの遺伝情報を継承するこ
とで、先祖は自分の中に「生きている」ことを明らかにした。昔から人々
はそうした事実も直感的に捉えて、「たましい」を口にしてきたのであろう。
 もちろん、目に見えない「たましい」を道具にした霊感商法やオカルト
宗教がはびこるのはいただけない。死後の世界がどうだこうだと詮索(せ
んさく)しても、わからないものはわからない。この世の人生が一度しか
ないことに変わりはない。
 しかしまた物質的な次元でしか物事をとらえず、「たましい」が抜け落ち
てしまうと、人間生活は薄っぺらなものになってしまう。われわれは日々
の生活において、心の表層だけではない「たましい」に訴えるような言葉
や、「たましい」が震えるような感動を求めているのではないだろうか。
 「たましい」の存在を前提にするとき、人生は厚みも深みも増してくる。偉
大な自然科学者であり大詩人でもあったゲーテも、そうして自然界をみつ
め、思索を深め、膨大な作品を残した。次のようなゲーテの詩がある。

  人の魂(たま) そは水に似たるかな。 天より来たり 天にのぼり
  ふたたび下って 地上に帰り かく永遠に変転す。(中略)
  さてまた風は 波の恋夫(こいづま)、 風こそは 底ひより水をゆさぶる。
  人の魂、 そは水に似たるかな
  人の運命、 そは風に似たるかな。
         (「水の上の霊の歌」、『ゲーテ詩集』 手塚富雄訳)

 唯物論に立つ科学は素晴らしい発達を遂げた。しかし科学は,計量計測
できる対象しか扱えない。科学が教えてくれない生きることの意味や価値
は、個々人がみずからの内面を探って見出していくしかないのだ。
 そのときに「たましい」はリアルな存在として、はっきりと立ち現れるであ
ろう。偏見を排して、わが内なる「たましい」と真摯(しんし)に向き合う勇気
を持ちたい。


             倫理研究所理事長  
丸山 敏秋

 

             


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