新世言

 大震災の復興から日本創生へ
                      
                      倫理研究所理事長  丸山 敏秋
 南北に長く、東西にも幅の広い日本列島には、世界の主な気候や地形
が凝縮している。四季がめぐり、大地は水と緑にあふれ、近海には豊かな
漁礁がいくつもある。明治初期に来日した外国人からは「絵のように美し
い国」と絶賛された。
 だが半面、この列島に暮らす人々は、幾多の自然災害に襲われ、その
都度、助け合いながら乗り越えてきた。そして大自然の神々の怒りを鎮め
るべく、篤く祀ってきた。
 災害に見舞われるたびに、その半面を思い起こすのだが、じきに忘れて
しまう。けれども去る三月十一日に発生した大震災は、忘れることを許さ
ない。なぜなら、超怒級の天災だったのみならず、「原発震災」という人類
史上初の大災害だったからである。
 去る四月三日から福島・宮城・岩手の三県を廻り、被災した会員の方々
と顔を合わせた。放射能漏れに怯える福島では、地震と津波の被害に加
え、深刻な風評被害が広がっている。水産業が盛んな石巻の市街地は、
無残に打ち壊されていた。水没した田んぼには、津波から逃げる途中で波
にのまれた車が何十台も放置されたままだという。地震の二日後に家庭
倫理講演会が予定されていた石巻文化センターの白いモダンな建物が、
瓦礫と異臭の中に痛々しく屹立していた。
 大津波の破壊力は途方もない。風光明媚な三陸海岸を大槌町から南下
した。海辺の町や集落はほぼ壊滅している。頑丈な堤防は打ち砕かれ、
津波は何キロも奥まで押し寄せたという。釜石港では赤い大型タンカーが
岸壁に乗り上げている。大船渡の沿岸地域は瓦礫の山々と化し、粉塵が
無情に巻き上がっていた。襲った波は三十メートルに及ぶ高さだったという。
何度か訪れたことのある陸前高田は、あの美しい松原はもとより、ほぼ何
も無くなっている。信じられない現実を到る処で目の当たりにした。
 いまだ多くの被災者が苦痛を強いられている。復興までの道のりは遠く
険しいが、犠牲者に対する哀悼を重ねつつ、挙国一致の総力を傾けた救
済と、再建のための努力をつづけていかねばならない。この国難を奇貨と
して、日本を力強くよみがえらせねばならない。








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