新世言

        一日の小さなよろこび
                     倫理研究所理事長
                              丸山 敏秋

 昨年二月に六十二歳で亡くなつた立松和平さんは、栃木弁の独特な語
り口でも親しまれた作家だ。ある日の講演で、大学生となって上京した頃
の思い出を語っていた。
 貧乏学生だった立松さんは、早稲田大学に入学すると、先輩の下宿に
押しかけ、同居生活を始めた。そこは朝晩の食事付きだが、日曜日には
出ない。一人で街をうろつき、ある大衆食堂に入った。
 壁に貼り付けてあるメニューを眺めると、定食はどれも予想外に高い。
どうしようかと考えていたら、「オニオンスライス」というメニューが目に入
ったこれは格段に安い。
 注文すると、切ったタマネギが皿にへばりついて出てきた。しかし、いく
ら待ってもご飯と味噌汁は運ばれてこない。尋ねたくても、訛りが恥ずか
しくて声にならない。まだ世間知らずの立松さんは「オニオンス・ライス」
という定食と勘違いして、ひたすら待っていたのだ。皿の上のタマネギが
自分の姿であるように、なんともだらしなく見えたという。昭和四十年頃の
話である。
 当時の日本は、東京オリンピックが成功し、東海道新幹線が開通したあ
との、本格的な経済発展に突入していく時期だった。庶民の大半はまだ貧
しかった。「三種の神器」と呼ばれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫が各家庭によ
うやく普及していく。大人たちは死にものぐるいで働いた。若者たちはビー
トルズに酔い、自由を謳歌し始めた。ほどなく大学紛争が激化していく。
 当時の空気を知るものには、ふり返ると妙に懐かしい。世の中全体が凝
縮していて、人間関係は緊密だった。一喜一憂しながら流れていく日々の
時間が、濃厚だった。若者たちの不満は爆発したが、それは未来に対する
希望の裏返しでもあった。

苦痛を「よろこび」に転じられるか

 ひるがえって、今日はどうだろう。−−陸にも空にも交通網が張りめぐら
され、どこにでも簡単に行ける。ネット社会では欲しい情報がすぐ手にはい
るし、交信も自由自在だ。なのに人間関係は空疎化している。目は外にば
かり向き、いつも何かに追い立てられて、自己の内面を見つめる余裕は乏
しい。そして何よりも、未来に希望を見出しがたい。
 そうした時代の傾向は、この先まだつづくだろう。しかしどのような世の
中であろうと、わが人生の主役は己自身である。外からの影響を受ける
のはやむをえないが、主体的に生きようと思えばできる。深くて濃厚な人
生を望むのであれば、それなりの覚悟があれば不可能ではない。















 

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